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不思議な少年

不思議な少年

2010年11月16日

不思議な少年!! その54

イエス、 第六テストに合格し、聖愛の称号を授けらる!!



 人間のもっとも克服に困難な煩悩は情欲であろう。生来天与の生きとし生けるもの皆、備わった言わば『能力』でもある。言い換えれば、本能である。無くては、人間の存在もない。


 しかし、煩悩である。


 その煩悩故に、甘く切ない甘美の世界がくり広がれる。官能の美とでも言おうか、それを言下に排斥することは誰彼に出来るものではない。しかし、イエスは克服した。


 本然の使命に目覚めたが故である。


 創造主は、人間を創り、様々な能力を与えた。『生めよ、増やせよ、地に満ちよ』は本然の与えられた能力である。しかし、その権能を人間はコントロール出来ず、堕落した。故にイエスを寄越したと考えると、納得がいく。



 イエスも人間であった。それは、本章を読むとそう理解できる。しかし、巷に言われるように、俗人ではない。生臭坊主にどうして経が読めよう。精々読めるとしたら、葬式読経ぐらいである。意味も分からず、只なぞっているに過ぎない。真の説教は、生臭では出来ないことを意味している。超えなければならない壁は高い。


 聖愛と言うことは、間違っても『性愛ということではない。


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<他:記事に無関係


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2010年11月2日

不思議な少年!! その53

イエス、 第五テストに合格し、『壮烈』の称号を受ける!!


 マンガティックに捉えられる向きもあろう。それでも結構。しかし、重要な真理を含んでいる。

 それは、魂は偉大なる創造者であると言うことだ。普段、何気なく暮らしていると、肉体の限界を超えることは出来ない。そればかりか、肉体の限界は、その先を不安や恐怖と捉える向きもある。そうするとそれは実現するという示唆である。


 壮烈と言うことは、魂に於いて壮烈という意味である。壮烈であれ、さすれば苦難と思われるものもただの幻となる。実際、不安や恐怖は人間の限界が作り出した幻影に過ぎないと語っている。


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<楠:記事に無関係


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2010年10月20日

不思議な少年!! その52

イエス、 第四の称号『博愛』を授けられる!!


 総選挙など、あわただしい世相に転載を中断余儀なくされていた。突然にこの物語に接せられた方は、何に話か分からない方も多いであろう。カテゴリー『物語』に集約されてあるので、ご高覧頂けると思う。座右の書を、絶版に伴いご披露申し上げている。


 聖書はすばらしいが、難解な部分が多い。というより、随所に欠落もある。それに改変も確かにある。流れが必ずしも掴みにくい。従って、クリスチャンなら牧師の説教を伴い理解が進むかも知れないが、素人向きではない。説教を好まない投稿者ごときは、こういった物語が素直にイエスを受け入れられる。そういう次第であるから連載させて頂いている。


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<楠:記事に無関係


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2010年10月15日

不思議な少年!! その51

イエス、信仰の第三称号を授けらる!!


 信仰の本質をかいま見る。


 イエスが荒野で、40日間サタンによって試されたと、聖書にはある。それは物語としては、面白い。だが、そのしは試みは具体的には知られていない。その意味で、兄弟団の試みは具体的であり、又、その試みの本質的意味を理解しやすい。実際の所どうであったのか検証する術はない。


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<宮城隆史氏撮影の皆既日食、今回のものではない:記事に無関係


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2010年10月13日

不思議な少年!! その50

イエス、公正なる第二の称号を授けられる!!


 娑婆が騒がしくなると、連載がストップする。


 イエスの積極的な試練は続く。第一弾で説明したように、本物語りはアカシックレコードを読み取ったものとされている。しかし、誰もその存在を確かめることは出来ない。投稿者も立証は出来ない。だから、単なる物語である。

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<水晶雲か?:記事に無関係


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2010年10月8日

不思議な少年!! その49

イエス、兄弟団第一のテストに合格し、最初の称号誠実を授けられる!!


 事実は、奇なるモノがある。


 恰も、宇宙船の中でのトレーニングのような趣がある。あるいは、秘密の基地があったかも知れない。そんな雰囲気のする秘密兄弟団の仕組みである。 


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ふるいちまゆみさんの素敵な写真拝借:記事に無関係


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2010年10月4日

不思議な少年!! その48

イエス、エジプトでエリフとサロメに逢う!!


 秘密兄弟団とは何か?


 はっきりとは分からない。穿った見方をすれば、宇宙人かも知れないと本気で考えたりしている。今も、傍らに地球外生命体である、宇宙人が居ないとは言えない。当時も居たかも知れない

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<月:記事に無関係


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2010年10月3日

不思議な少年!! その47

イエス、偶像崇拝を非難し神の助けを語る!!


 偶像崇拝と生ける信仰の違い。


 イエスは一貫して、偶像崇拝の欺瞞を説く。信仰は既に供えられた、手、足を用い、魂に備えられた祭壇に向かって、為すものであると説く。その意味するところは深く、実存的である

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<嵐


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2010年10月2日

不思議な少年!! その46

イエス、ギリシャの教師を教える!!


 デルファイ(デルフィ)の神託。紀元前1200年より続いていた神託と言われる。日本で言えば、神懸かりである。その内容は、これでは深くは知ることが出来ない。察しが付く御仁も居るかも知れない。内容はともかく、神託の意義と意味について語る。これは興味深い。


 神々が存在する。神々は創造主ではない。神々は上と解することが出来る。人々の上、即ち、精神と言うことも出来れば、先人(祖先)と解する事も出来る。ともかく、今ある人間には、すべからく源流がある。肉体的には先人(祖先)があるし、精神的には先哲が居る。

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<デルフィ


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2010年10月1日

不思議な少年!! その45

イエス、ギリシャを訪れてアテネ人に迎えらる!!


 ギリシャの地を訪ねたイエスの狙いは何であったのか? ギリシャは言うまでもなく、科学哲学を始め、西洋文明の発祥の地である。物質文明の粋を極めた発祥の地である。これは余人を持って疑いがない。そして、それをイエスは最大級に称えている。


 しかし、それでも尚かつ、実相を極めてることは出来ないと言っている。実相とは何か? 物質とはその一部であるから、その源をも含める概念である。それには科学、哲学では到達し得ないと語っている。

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<アテネ


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2010年9月30日

不思議な少年!! その44

イエス、バビロンを経て、故郷ナザレに帰る!!


 バビロンは言わずと知れた、ユダヤの民がバビロンの捕囚という、苦難の道を歩み始めた曰くの地である。そして、バベルの塔、神を超えようとした人々が驕り高ぶって打ち立てようとした。そして、バアル信仰。所謂、悪魔教の元祖がそこにある。そこに登場するのがエリア、流血の僧侶に対して警告を発する。これは実話である。


 そこに立ったイエスの、感慨は一入(ひとしお)のものがある。何故か? おそらく、彼の智恵の中にある感慨深い記憶によるものであろう。エリアの再来が、バプテスマのヨハネである。

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<左は古代バビロンのバベルの塔。右はEU会議場


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2010年9月29日

不思議な少年!! その43

イエス、マギ僧と別れて、アッシリヤに行く!!


 イエス漫遊記も中盤に差しかかる。信ずるも信じないもそれは自由である。投稿者としては、イエス生誕以来、わずか3~4年しか史実がないというのが可笑しいと思っていた。また、晩年のイエスも素晴らしいが、それ以前の生涯が全くの凡庸であろうはずがない。


 世界には、聖書以外にイエスの教えの流れが数多くある。景教が、すべてそのまま原始キリスト教の東方伝播とは考えられない。大きな真理のうねりが当時、密やかに流れていたと考えることの方が自然である。

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アッシリヤ


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2010年9月28日

不思議な少年!! その42

イエス、ひとりの小児信仰の大なる教訓を伝える!!


 信仰の力。


 信仰は心の裡なるものである。其処此処にある対象物とか、時とか、場所を問うものではないはずである。その事を幼子の言葉は、強烈に指し示している。で、イエスは驚嘆し、思わず抱き上げた。

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こういう季節その④記事には無関係>


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2010年9月27日

不思議な少年!! その41

イエス、マギ教徒を教える!!


 瞑想の目的と方法。


 智恵はどこから来るのか。光明は? そして、静寂とは? その秘技を分かり易く教える。秘技ではあるが、人間の魂の奥深く誰にもその場所はあるという。それを見出し、掘り出すのは自分である。それは、清らかさと意志によって道をつける必要がある。

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2010年9月25日

不思議な少年!! その40

 イエス、悪の起原を説く!!


 ゾロアスター......。あまり知る人は少ない。遙か昔の聖人であろう。仏陀よりも古い昔のペルシャで生まれたであろう聖人。善と悪の二元論のを説いたと知られている。そこに於いて、イエスの弁舌は畢生のものである。


 今にしても、悪とは何か? と、問われると、応えに窮する吾人も多い。ほとんどの人は、悪は独立して存在している考えている。あるいは、開闢以来、存在したとぼんやり考えている。

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こういう季節その②記事には無関係>


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2010年9月24日

不思議な少年!! その39

 イエス、ペルシャに渡る!!


 イエス、いよいよペルシャに渡る。と言っても、その事をどうこう詮索して、史実か否かを争うつもりはない。これは、迫真に富んだ物語である。であるから、その内容に心に感ずるものだあれば、幸いなのであって歴史詮議をするつもりは一切ない。


 又ここで、無言兄弟団なる新語が登場する。実は投稿者も深くは知らない。只、想像はしている。しかし、その想像は固有のものであるから、諸氏各位の又、固有の想像にお任せする。敢えて、明らかにしない。追々、想像は膨らむはずである。

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こういう季節記事には無関係>


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2010年9月22日

不思議な少年!! その38

イエス駱駝(らくだ)を提供される。巡遊歌人の教訓!!


 巡遊歌人の教訓は、意味深である。読みようもあるが、1万年間誰が生きながらえよう。つまり、イエスは人を肉体として見ていないことに起因する。魂の永遠性を洞察したイエスならばこそ言える言葉である。


 彼ら巡遊歌人は、永い転生の歴史の中で、繰り返し音楽に携わった魂であることを見抜いたのである。そうでなければ、こうした表現は出来ないし、こうして特段の扱いをする必要もない文章である。

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ふるいち まゆみさんの写真はいつも素敵だ、つい拝借記事には無関係>


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2010年9月21日

不思議な少年!! その37

ラッサのイエス、王子の譬え!!


 いよいよ、イエスらしさというか、その真骨頂の片鱗が窺えるインド旅行の終盤。人は、否、悟人は、自らの使命と時を知る。


 王子の譬えは、まさにイエスその人の事を語る。

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<現代のラサ市:記事に無関係>


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2010年9月18日

不思議な少年!! その36

イエスとビヂャパチ新時代の要求を思いめぐらす!!


 真理に導通する聖人は、どこそこを問わずいるものだ。それがイエスとビヂャパチであろう。ビヂャパチとは何者であろう。この中だけでは窺い知ることが出来ない。


 ただ、肝胆相照らす仲というのは確かにある。魂の兄弟と言うべき存在である。二人はそれを超えて余りある。

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<出典不詳:記事に無関係>


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2010年9月17日

不思議な少年!! その35

イエス、荒れた葡萄園と葡萄酒づくりの譬え!!


 何時の時代も、時の経過は真理を形式が覆い隠す。剪定の譬えは当を得ている。


 今まさに、この時代以上の真理の隠されている時期だ。末法の時代とも言う。

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2010年9月16日

不思議な少年!! その34

イエス、幸福に至る道を教える、岩山と隠れた宝の警え!!


 譬え話は、対機説法である。相手の気根を見抜かねば出来ない。洞察出来ない者には出来ない芸当である。洞察とは、心を見抜くことであるから、イエスには容易にそれが出来たのであろう。そもそもそうでなくては人を導くことは出来得ない。


 幸福とは、遠いところにあるのではなく、今、そこにあるという言葉は、大いなる福音であったろう。その事を分かり易いたとえ話で語っている。

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2010年9月15日

不思議な少年!! その33

イエス、仏教の進化説を容れず!!


 少し解説が必要かとも思う。エーテルとは軽いモノとして総称的によく使われる。霊気とも言えるし、現代的に表現すれば、素粒子、あるいはニュートリノ、とにかく、真空と言われる空間も、実はエネルギーが充満していると言うことを意味している。


 その元は、神の意志が存在する。もうひとつ。

 カピビスツというのは、仏陀生誕の地、カピラバーストのことであろう。イエスが仏陀の生誕地迄、行脚したことは特筆に価する。

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<チベット仏教寺院:記事に無関係>

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2010年9月14日

不思議な少年!! その32

ブラマ僧イエスの教訓を憤り、インドより追い出そうと決す!!


 何時の世にも、真理に立ち戻ろうとする時、抵抗がある。それは既得の利権に胡座をかく勢力はいる。それを失うことを怖れる。真理とは永久に変わらないモノである。人間は常に真理に忠実とは限らない。知と意は、とかく自分の都合の良いように解釈する。偽善がまかり通る。


 イエスの教えは、一貫している。それはこの浮き世の都合に左右されないからである。本質を衝くから、反発がある。それが後、エルサレムでも起こった。しかし、ベナレスではその前哨戦があったとは、誰も知らない。記録にはないからである。実際の所は、投稿者でも確認することは出来ないが、流れを見ているとよく理解出来る。矛盾はない。物語であったとしても、これほどよくできた物語はない。

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2010年9月13日

不思議な少年!! その31

イエス父の訃音(ふいん)に接す、母になぐさめの手紙を書く!!


 イエスの父ヨハネの死。死を迎えない人生はない。死は生まれ出でる事による必然である。その死に臨み、如何にあるかと言うことが問われる。本人もそうであるが、縁生の廻りの人々にもその事が問われる。


 それに対するイエスの言葉は、大いなる慰めである。それは、一時のこの世の命を永遠の生命の視点から説いているからである。肉体を纏った生命(いのち)は、実は死ぬことはないのである。居所を変えるばかりである。そして、生き続ける。肉体は役割を終えて朽ち果てる。

 そして、その期間を使命を果たして逝くものは幸いである。それを哀しみの涙で暮れることはないと言う。悲嘆することは、怠惰と同じ事だという。

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2010年9月12日

不思議な少年!! その30

ラホールの憎アジャイニンはイエスの哲学を信ずる!!


 ベナーレス、かのヒンズー教の聖地ベナレスであろう。ヒンズー教の僧侶(バラモン僧)に対し、迎合するることのないイエスの面目躍如である。この姿勢はユダヤ教のパリサイ人、律法学者に対する姿勢を彷彿とさせる。類い希なる勇気と信念をかいま見る。これは人間イエスについての感慨である。



 何時の世にも、どこの世界にも垣根を越えて、真理を求める人はいる。それがアジャイニンであろう。何の背景もなく、素の人間であれば、イエスの真理の言葉をためらいもなく受け入れるのは、そんなに難くないかも知れない。旧来の陋習に生きた人間には、それは困難を伴う。よくある話である。アジャイニンはその後どうなったかは記されていない。が、分かる人には察することが出来る。それについては書かない。

 


 このインドの旅行の断片は、イエスにとってその後の生涯を暗示する旅であったであろう事は察せられる。又、その準備期間として用意されていたであろう事も推察される。

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2010年9月11日

不思議な少年!! その29

イエス神の一位なること、人間の同胞なることを語る!!


 神について、これほど美しく、且つ、明快に語られた言葉をかつて知らない。

 何度も何度も読み直す必要がある。人は皆、銘々の神を後生大事に抱き、そして、他の神をけなす。そのようなものは神ではない。神と思いこんだ偽りの自尊の表れである。真の自尊は、他尊を伴う。それは、自他は同じ神の表現たることを知っているからである。

 


 しかし、そのイエスは、年端もいかぬ青年のイエスである。そして、語る地はベナレス、インドである。そのようなことは信じないと思う諸氏もいるである。それは、一向にかまわない。ただその語られたとする内容には、耳を聳(そばだ)たせる必要がある。大事なのは『真相』である。

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2010年9月10日

不思議な少年!! その28

イエス、人間の平等について革新的な説教をする!!


 イエスは実在である!!

 キリストは内なる愛のエネルギー、万物の創造のエネルギーをそう呼んでいる。それを物に求め、人に求めるから、偶像崇拝が生じる。それは心の裡に宿る生命エネルギーそのものである。それに気づけと、イエスは説く。

 


 そのエネルギーは不断の進化を求めて肉体に宿る。そして、様々な体験を通してソリューション(問題解決)を繰り返す。その体験は盗賊、強奪者(ゆすり)、遊び女(め)であったり、僧侶であったり、金満家であったりする。しかし、人間である。一皮むけば生命エネルギーの仮装である肉体をまとった姿に過ぎない。その意味で、人間はみな同じ存在であると言うことだ。

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2010年9月9日

不思議な少年!! その27

イエス、いかにして人間のなかに神を見るべきかを示す!!


 偶像崇拝は最も排除すべき信仰の基本である。それは何故か? 神は形なく、見ることが出来ない存在であり、証明不可能であるからである。偶像に神は決して宿らない。宿るものは謀る『神』、邪神である。悪魔教崇拝に至る他力信仰がその根となる。その意味で、イエスの真骨頂が此処にある。

 


 人間に神は宿る。それは生命(いのち)だからである。生命(いのち)あるものにはすべて、神の表現であるという。その言うところは当然である。自然も、草木も、動物も生命(いのち)を宿している。そこに神を見ることが出来る。就中(なかんづく)、人間をおいておや。

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2010年9月8日

不思議な少年!! その26

イエス、首陀(スドラ)と百姓を教える!!


 たとえ話であるが、ものの見事にカースト制度を批判している。ここで言う貴族とは、創造主を指している。息子達とは、即ち、人間である。これから、悟るものは悟るであろう。

 


 所詮、悪しき慣行は、人間の智と意によって、ねじ曲げられた結果である。それが誰であるかは問わない。何時の時代も、本来の有り様を、人間の奸智が入り込む。そして真理はねじ曲げられるのである。

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2010年9月7日

不思議な少年!! その25

階級(カースト)制度の教義、イエスこれを斥ける!!


 今の時代だから言えるが、何時の時代も陋習(ろうしゅう=悪い習慣)に囚われた人々は、頑としてその盲信を啓くことは限界がある。バラモン教(ブラマ教)の僧侶はカースト制度に対して盲信を崩さない。陋習は陋習である。宗教は永い時を経て、真実は隠され陋習となる。これはバラモンに限ったことではあるまい。取りわけ、特権階級は自らの保身に都合よく解釈を加えるからではあるまいか。


 今も同じ。キリスト教であってもそれは同じ事である。やはり、原初に立ち戻って真意を推し測る必要がある。イエスは実際の所、どのように思考し、どのように教えと説いたのか? それが何よりも重要である。それ以外に、興味はない。

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2010年9月6日

不思議な少年!! その24

ウドラカの教訓!!


 イエス、インドでの精力的な修行。どんな天才でも、一日でならずと言うことだ。常に、偉大な教師も、謙虚な修行が伴うと言うことは、仏陀でも同じ事とで、納得出来る。それは、何を教育するか、誰を教育するかと言うことを考えればよく分かる話である。


 すべてのことには意味がある。イエスを神格化する必要はない。イエスの偉大性は、神格化で完了しない。

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2010年9月5日

不思議な少年!! その23

イエスとラマースの友情!!


 イエスが、真理、人間、力、叡智、智恵、救済、信仰の意味について、ラマースに語る内容は圧巻だ。ラマースにだから語れる内容である。これが聖書にないのは惜しいが、聖書には書けなかったのである。書いても読む人がいなければ、意味がない。インドの深い歴史の智恵で理解し得る内容だからだ。


 当時のことは無論知らないが、インドとパレスチナではその智恵の深さにおいて、子供と大人の違いがある。断然、インドが当時としては、深い。それ故、イエスはラマースに、単刀直入に意味を解説した。ラマースは、了解した。そう言うことだ。

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2010年9月4日

不思議な少年!! その22

ラバンナ、イエスをブラマ教研究のためインドに連れ行く!!


 イエスが、若かりし頃、インドを旅したことは、多くの史実に語られている。しかし、斯く程までに具体的に描かれた話は少ない。真偽はともかくとしても、その旅の意義は容易に察せられる。世界的な宗教となるには、世界的な視野、識見が必要であることも当然と言えば当然である。


 『明けの明星』をイルミナティーという。かといって、陰謀論で言うイルミナティーを想起して、詮索しても始まらない。イルミナティーと言葉は、本来、良い意味で聖書では使われている。悪用しているのは、アダム・ヴァイスハウプトの方である。大体、悪党は実体がない者であるから、実体のある物まねをする。偽物づくり、真似しが得意だ。

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2010年9月3日

不思議な少年!! その21

祭礼終わる、大工道具の象徴的意味!!


 たとえ話が上手な人は、少なくとも事の分かった人である場合が多い。真理に通じている人は事外、たとえ話が上手である。イエスはもとより、仏陀、言うまでもない。

 ジャンルは違うが、田中角栄元総理大臣などもその類に入る。精通していないとたとえ話は出来ない。精通し、かみ砕いていないとそう言う芸当は出来ない。かみ砕いていると言うことは、体験していると言うことだ。

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2010年9月1日

不思議な少年!! その20

イエス十二歳宮に居る、律法の博士と議論す!!


 聖書によると、

《ルカによる福音書 / 2章 46節~50節
そして三日の後に、イエスが宮の中で教師たちのまん中にすわって、彼らの話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞く人々はみな、イエスの賢さやその答に驚嘆していた。 
 両親はこれを見て驚き、そして母が彼に言った、「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです。」するとイエスは言われた、「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか。」 
 しかし、両親はその語られた言葉を悟ることができなかった。》

とある。イエス幼少年期のこれぐらいでなかろうか。

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2010年8月31日

不思議な少年!! その19

イエス、エルサレムの大祭礼に行く!!


 イエス、初めて最高法院(サンヘドリン)との出合い。その聡明さを発揮する。当時のユダヤ教はバビロンの偶像崇拝を取り入れており、盛んに燔祭(はんさい)に動物の犠牲(いけにえ)が用いられていた窺える。これは史実と一致する。それを目の当たりにして、イエスの驚きが窺える。


 現代において、あるいは当時からも極端な例は、人間をも生け贄に供える悪魔教の萌芽が想像される。

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2010年8月30日

不思議な少年!! その18

イエス、ナザレの会堂のラビ(教師)と語る!!


 イエスの幼年時代の聡明さは、聖書からもほんの少し窺えるが、具体的ではない。相当のものであったようである。今風で言えば、神童と言うべきもので、別ないい方をすれば、インディゴチルドレンの典型、親分格であろう。


 これは、現代においてはインドのサティア・サイババの幼年期にも同じ事が見受けられる。

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2010年8月28日

不思議な少年!! その17

イエスの幼少時代と初期の教育!!

マリヤその子を教える!


 イエスの幼年期の事情は、聖書からほとんど窺えない。あるのはルカによる福音書第二章にあるイエス12歳の時、エルサレムで祭司に律法について教える行ぐらいである。

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2010年8月27日

不思議な少年!! その16

ヨハネの使命、洗礼式の制定!!


 洗礼のヨハネはいかにして生まれたか。その目的と使命が、如実に語られている。おそらく、聖書にもこうも分かり易く記されていない。聖書は、多くの部分で時代が大きく飛んでいる。これは致し方がない。この物語が、その部分を真に補っているか否かは、読者の判断に委ねられる。


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2010年8月26日

不思議な少年!! その15

マセノによる教訓、普遍律の教義!!


 すっかり、物語の転載から遠ざかってしまった。娑婆が慌ただしかったからである。これからも、総選挙まで気の抜けない出来事が予想される。その間、急いで作業を進めよう。何せ、これは200回を優に超える予定であるから.....。

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2010年8月25日

不思議な少年!! その14

ヨハネ、マセノによる教訓を受ける!! 


 マセノによる教訓は、至極、真っ当なものである。赦罪とは、他からに依るものではない。省察力により、自らの過ちを悔い改める事によって、自らが清められるところから赦されるとある。バステスマのヨハネの真骨頂が、ここで確立する。


 洗礼とは、清めの事である。神道で言えば、「お祓い」と同義であろう。しかし、単なる形式で良いものではない。心底からの反省と、懺悔でもって行われなければ本当の洗礼ではない。そうして、内からの清めが行われる。それが罪の赦しである。


 それは、心の内面からの赦しのエネルギーが心を清め、温めるのである。


 エリサベツは幸福であった。彼女はヨハネと共に生活し、エリフとサロメに教えられた教訓をその子に授けた。

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2010年8月24日

不思議な少年!! その13

最後の教訓、そして、帰国!! 


 エジプトのゾアンで3年間にわたり、賢人の教育受けたことなど、聖書からは全く痕跡がない。だからといって、ないとは言えない。エジプトに遁れたことは明らかである。
 それ以上に、『いのり=祈祷』の本質的な教えが語られているが、まことに言い得て妙である。『いのり』を、願い事と同義に解釈している現代人が多い中で、肝に銘ずる教えである。


 

祈りとは、内なる神との対話である。



 さて朝日が昇ると、師弟一同は一緒に聖林に来た。サロメ先ず語る、「太陽をご覧なさい。これは神の力を示します。神は日月星辰によって、山岳渓谷によって、花卉樹木によって、われわれに語り給います。神は鳥、ハープシコード、人間の声によってわれわれに歌い、風雨雷鳴によって語り給います。なぜわれわれはその足許に跪(ひざまず)いておがみませんか。

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2010年8月23日

不思議な少年!! その12

引き続きエリフの教訓!! 


 イエスの話に、何故に仏陀が出てくるのか。歴史は絶え間なく続き、世界は広がりを持って、関連している。今、西洋と東洋が出会ったわけではなく、昔も今も出会っていると当然言える。イスラエルが孤立して存在したはずはない。現代人の奢りと、無智である。

 そして、すべては連関の輪で繋がっているのである。当然、真理に境界と差別はない。


 再びエリフは教えて言う、「インドの僧侶は腐敗しました。ブラマは町々で忘れられ、人々の権利は塵にまみれた。その時、有力な教師、霊覚の仏陀が現れました。仏陀は富貴と世の一切の栄誉から遠ざかり、静かな森林や洞窟に静寂を求めて祝福されました。


 彼は高き生活の福音を説き、人間をうやまうべき道を教えました。彼には伝うべき教義なるものはなく、ただ人間を知っていたから、その信条は公正、愛、正義だけでした。

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2010年8月21日

不思議な少年!! その11

ふたたびエリフの教訓!! 


 かのヘブライの始祖、アブラハムがアブラムであったとは驚きである。しかし、誰もこれを本気になって認めたがりはしないであろう。とりわけ、キリスト教関係者は尚のことであろう。しかし、考えてみよう。聖書にはアブラハム以前のことは何も記してはいない。開闢以来模糊として、突然、アブラハムから記されてある。


 ヘブライの歴史としては当然である。しかし、インドでもその他でもさらに遠い歴史を刻んであることは至極当たり前の話であるから、アブラハム以前の歴史はあったというのが実際で、描写が精緻と言うべきである。

 

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2010年8月20日

不思議な少年!! その10

サロメの教訓!! 


 意味深である。難解でもある。真理は東洋も西洋もないようである。難解でも、素直に読んでいると、分かる。易経も同じような事を言っている。宇宙創生の理と捉えると、意味深である。
 サロメが何者か? 詮索しても分からない。教師のひとりには違いない。何しろ、アカシックレコードの秘録であるとして、読んで頂きたい。キリストの意味が明かされている。

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2010年8月19日

不思議な少年!! その9

エリフの教訓!! 


 この教訓は分かり易い。又、重要である。神も悪魔も心の内にあると言うことは真理である。自我に表現された人間の本質がそこにある。こういう本質が、聖書に分かり易く顕されていたら、魔に取り込まれることは少なくなったであろうに.....。しかし、分かる者には分かる基本中の基本であろう。


. 再びエリフはその弟子たちと聖林で逢って言った、「何人も自分ひとりで生活することは出来ません。生物はすべて他の生命と紐でつむがれているからです。心の清き者は幸福です。彼らは愛しても愛のむくいを求めません。

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2010年8月18日

不思議な少年!! その8

アケラオの即位!! 
そして、エジプトのゾアンに遁れる。
  


 そろそろ、4福音書(聖書)から離れる。聖書に描かれないイエスの幼年期・少年期の知られざる世界に立ち入る。エリフとサロメは一体何者か。物語であるから、気楽に読んで頂きたい。


 へロデの子アケラオは即位した。彼は利己的な残酷な王で、自分をあがめない者を片端から殺した。彼は最も賢明な臣下一同を会議に招集して、王位をねらう幼児について尋ねた。会議はヨハネとイエスが共に死んだと言った。彼はそれで安心した。

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2010年8月17日

不思議な少年!! その7

ヘロデの死!!


 さてマギ僧たちが王として生れた幼児のこと報告するために帰らないので、ヘロデ王はいたく怒り出した。その時廷臣たちは、ベツレヘムにあるもうひとりの子で、王の先駆者(さきぶれ)となり、人々に王を迎える準備をするために生れた者のあることを告げた。

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2010年8月12日

不思議な少年!! その6

マギ僧イエスを拝す!!


 ユーフラテス河の向こう側に、マギ教徒が住まっていた。彼らは賢く、星の言葉を解し、偉人の誕生を予知していたが、エルサレムの空にその星を見た。

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<虹の足;記事に無関係>


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2010年8月11日

不思議な少年!! その5

イエスの聖別!!


 聖別とは、簡単に言うと清めの儀式のことである。日本で言えば、お祓いか。

 さて、マリヤほ子供が生れて四十日になった時、子供をエルサレムの宮に連れて行って、祭司から聖別しても らった。それから、ユダヤ人の慣例に従って、マリヤは自分のために、清めの供物(そなえもの)を捧げた。それは小羊と若い山鳩二 羽であった。

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2010年8月10日

不思議な少年!! その4

 イエスの誕生!!


 イエスの生まれる時がいよいよ近づいた。そしてマリヤはエリサベツに逢いたく思って、ヨセフと共にユダヤの丘の方に行った。

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2010年8月9日

不思議な少年!! その3

ヨハネの誕生、イエスの誕生の告知!!


 ザカリヤとエリザベツは、ユダの丘陵ヘブロンの近くに住んでいた。

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2010年8月7日

不思議な少年!! その2

マリヤ誕生!!


 

 マリヤはヨハキムという裕福な律法教師を父とし、母をアンナとして麗しい女の子として生まれた。ユダヤ人である。パレスチナの地、ガリラヤのナザレという町での出来事である。


 

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2010年8月6日

不思議な少年!! その1

アカシック・レコード

 すべての出来事は、水面に投げ入れた石が、波紋を広げるように静かに、しかし、確かな痕跡を宇宙に響かせていく。やがて、跡形もなく消えたように見えるけれども、その響きはかすかであれ、永遠になくなるわけではない。ただ感知出来るか、出来ないかの差が生ずるのみである。

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