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不思議な少年!! その27

不思議な少年!! その27

イエス、いかにして人間のなかに神を見るべきかを示す!!


 偶像崇拝は最も排除すべき信仰の基本である。それは何故か? 神は形なく、見ることが出来ない存在であり、証明不可能であるからである。偶像に神は決して宿らない。宿るものは謀る『神』、邪神である。悪魔教崇拝に至る他力信仰がその根となる。その意味で、イエスの真骨頂が此処にある。

 


 人間に神は宿る。それは生命(いのち)だからである。生命(いのち)あるものにはすべて、神の表現であるという。その言うところは当然である。自然も、草木も、動物も生命(いのち)を宿している。そこに神を見ることが出来る。就中(なかんづく)、人間をおいておや。

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<別に理由はないパチリ>

 

 偶像は、どんなに素晴らしいものでも、人間によって造られたものであるから、神は宿らない。造られた存在の人間が造ったものに神は宿ることは有り得ないとの極めて、単純至極の原理である。神の存在証明は不可能であるが、その理屈は分かる。

 人間の中にそれは見ることが出来る。そして、それは人間を拝する事ではない。造られたものを崇拝するのは、すべて偶像崇拝である。真の犠牲(いけにえ)は生ける人間のために同胞として尽くすことである。


 


  イエスはオリッサの町々で教えた。河のほとりにあるカタクで教えた時、数千の人々が彼について来た。一日、ジャガンナスの車が多数の興奮した人々に挽かれて通りすぎた。イエスは言った、


 「見よ、霊なき姿が通る、、魂なきからだが。祭壇の火もなき宮が。このクリシュナの車は空だ。クリシュナは居ない。このクリシュナの声は肉欲の酒に酔うた人々のおがむ偶像に過ぎない。神はさわがしい舌のなかに住み給わない。神にはどんな偶像の社(やしろ)からも出る道はない。神が人間と交わる所は心のなかだ。神は静かな小さな声で語り給う。これを聞く者は心が静かだ。」


 人々はみんなで言った、「心のなかで語り給う静かなおかた、静かな小さな声の神を知るように教えて下さい。」


 イエス、「聖気は肉眼に見えない。人間は聖なる者の霊を見ることはできない。しかし、人間は聖なるお方の姿で造られたから、人間の顔を見る者は心のなかで語り給う神の姿を見るのだ。人間が人間を尊敬することは神のためにすることだ。

 それであるから、心や言葉や行為で人間をそこなう者は、神に対して罪を犯すことと思わねばならない。若し心のなかにいまし給う神に仕えようとするなら、近親と近親でないもの、門前の見知らぬ者や、自分に危害を加えようとする敵に対しても、一様に奉仕すべきだ。

 貧しき者を助け、弱き者をいたわり、何人もそこなわず、わがものでない物をほしがってはならない。そうすれば、聖なるお方はあなたの舌で語り、あなたが涙にくれる時でも、ほほえんであなたの顔を歓喜の光で照らし、そして心に平和を満たして下さる。」


 その時人々は「誰に供物を携え、どこに議牲(いけにえ)を捧げましょうか」と尋ねた。


 イエス、「われらの父神は、草木、穀物、鳩や小羊のようなものを、むやみに濫用することを求められない。社で焼いたものはただ捨てることになり、飢えている人の口から食べものを奪いとって火になげ入れるような人に、祝福が来るはずがない。

 神に供物を捧げたいと思う時は、穀物や肉の供物を、まずしい人の食卓におくがよい。そこから登る香煙は天に昇り、祝福となってあなたがたに戻って来る。偶像は破り捨てるがよい。偶像は人の言葉を解さない。供物を捧げる祭壇など、みんな火に投じて、焼いてしまうがよい。

 人の心を祭壇となし、愛の火を以て供物を焼くがよい。」


 人々はこれを聞いて有頂天になり、イエスを神とあがめようとした。しかし、イエスは言った、「わたしはあなたがたの兄弟で、神に行くべき道を教えようとして来ただけだ。人間をおがんではならない。聖なる神を讃美すべきだ。」


 

【宝瓶宮福音書:栗原 基訳】


第六部 インドでのイエスの生活と行動

第二十六章 カタクでのイエス。ジャガンナスの車。イエス、ブラマ教の儀式の空虚なること、
いかにして人間のなかに神を見るべきかを示す。犠牲の神聖なる法則を説く。

1)イエスはオリッサの町々で教えた。河のほとりにあるカタクで教えた時、数千の人々が彼について来た。

2)一日、ジャガンナスの車が多数の興奮した人々に挽かれて通りすぎた。イエスは言った、

3)「見よ、霊なき姿が通る、、魂なきからだが。祭壇の火もなき宮が。

4)このクリシュナの車は空だ。クリシュナは居ない。

5)このクリシュナの声は肉欲の酒に酔うた人々のおがむ偶像に過ぎない。

6)神はさわがしい舌のなかに住み給わない。神にはどんな偶像の社(やしろ)からも出る道はない。

7)神が人間と交わる所は心のなかだ。神は静かな小さな声で語り給う。これを聞く者は心が静かだ。」

8)人々はみんなで言った、「心のなかで語り給う静かなおかた、静かな小さな声の神を知るように教えて下さい。」

9)イエス、「聖気は肉眼に見えない。人間は聖なる者の霊を見ることはできない。」

10)しかし、人間は聖なるお方の姿で造られたから、人間の顔を見る者は心のなかで語り給う神の姿を見るのだ。

11)人間が人間を尊敬することは神のためにすることだ。

12)それであるから、心や言葉や行為で人間をそこなう者は、神に対して罪を犯すことと思わねばならない。

13)若し心のなかにいまし給う神に仕えようとするなら、近親と近親でないもの、門前の見知らぬ者や、自分に危害を加えようとする敵に対しても、一様に奉仕すべきだ。

14)貧しき者を助け、弱き者をいたわり、何人もそこなわず、わがものでない物をほしがってはならない。

15)そうすれば、聖なるお方はあなたの舌で語り、あなたが涙にくれる時でも、ほほえんであなたの顔を歓喜の光で照らし、そして心に平和を満たして下さる。」

16)その時人々は「誰に供物を携え、どこに議牲(いけにえ)を捧げましょうか」と尋ねた。

17)イエス、「われらの父神は、草木、穀物、鳩や小羊のようなものを、むやみに濫用することを求められない。

18)社で焼いたものはただ捨てることになり、飢えている人の口から食べものを奪いとって火になげ入れるような人に、祝福が来るはずがない。

19)神に供物を捧げたいと思う時は、穀物や肉の供物を、まずしい人の食卓におくがよい。

20)そこから登る香煙は天に昇り、祝福となってあなたがたに戻って来る。

21)偶像は破り捨てるがよい。偶像は人の言葉を解さない。供物を捧げる祭壇など、みんな火に投じて、焼いてしまうがよい。

22)人の心を祭壇となし、愛の火を以て供物を焼くがよい。」

23)人々はこれを聞いて有頂天になり、イエスを神とあがめようとした。しかし、イエスは言った、

24)「わたしはあなたがたの兄弟で、神に行くべき道を教えようとして来ただけだ。人間をおがんではならない。聖なる神を讃美すべきだ。」

 

【原文:The Aquarian Gospel of Jesus by Levi H. Dowling  

SECTION VI

VAU

Life and Works of Jesus in India

CHAPTER 26

Jesus at Katak. The car of Jagannath.
Jesus reveals to the people the emptiness of Brahmic rites,
and how to see God in man. Teaches them the divine law of sacrifice.

IN all the cities of Orissa Jesus taught. At Katak, by the river side, he taught, and thousands of the people followed him.
2) One day a car of Jagannath was hauled along by scores of frenzied men, and Jesus said,
3) Behold, a form without a spirit passes by; a body with no soul; a temple with no altar fires.
4) This car of Krishna is an empty thing, for Krishna is not there.
5) This car is but an idol of a people drunk on wine of carnal things.
6) God lives not in the noise of tongues; there is no way to him from any idol shrine.
7) God’s meeting place with man is in the heart, and in a still small voice he speaks; and he who hears is still.
8) And all the people said,
Teach us to know the Holy One who speaks within the heart, God of the still small voice.
9) And Jesus said,
The Holy Breath cannot be seen with mortal eyes; nor can men see the Spirits of the Holy One;
10) But in their image man was made, and he who looks into the face of man, looks at the image of the God who speaks within.
11) And when man honors man he honors God, and what man does for man, he does for God.
12) And you must bear in mind that when man harms in thought, or word or deed another man, he does a wrong to God.
13) If you would serve the God who speaks within the heart, just serve your near of kin, and those that are no kin, the stranger at your gates, the foe who seeks to do you harm;
14) Assist the poor, and help the weak; do harm to none, and covet not what is not yours;
15) Then, with your tongue the Holy One will speak; and he will smile behind your tears, will light your countenance with joy, and fill your hearts with peace.

16) And then the people asked.
To whom shall we bring gifts? Where shall we offer sacrifice?
17) And Jesus said,
Our Father-God asks not for needless waste of plant, of grain, of dove, of lamb.
18) That which you burn on any shrine you throw away. No blessings can attend the one who takes the food from hungry mouths to be destroyed by fire.
19) When you would offer sacrifice unto our God, just take your gift of grain, or meat and lay it on the table of the poor.
20) From it an incense will arise to heaven, which will return to you with blessedness.
21) Tear down your idols; they can hear you not; turn all your sacrificial altars into fuel for the flames.
22) Make human hearts your altars, and burn your sacrifices with the fire of love.
23) And all the people were entranced, and would have worshiped Jesus as a God; but Jesus said,
24) I am your brother man just come to show the way to God; you shall not worship man; praise God, the Holy One.

【続く】


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